普段SNSをよく利用する人なら「芸能人や有名人のX(旧:Twitter)やInstagramの投稿への返信を覗いてみたら、素直な記事の感想に混ざって匿名の誹謗中傷が紛れ込んでいた」という場面に遭遇した事のある人も少なくはないでしょう。
インターネット上では誰もが自由に発言可能な場所であるため、SNSだけではなくても、掲示板や口コミサイトなどで誹謗中傷を目にする機会もあるかもしれません。さらに、心当たりがないにもかかわらず、突然自分が誹謗中傷の的になってしまう場合もあります。
こういった誹謗中傷は基本的に匿名で投稿されているため、どういった対応をして良いか分からずに泣き寝入りしてしまう人もまだ多くいますが、インターネット上での誹謗中傷は犯罪に当たる場合もあります。
本記事では、インターネットに投稿された自分への誹謗中傷が違法であり、かつ相手に対して刑事・民事で訴訟を起こしたい場合に、相手を特定する第一歩である「IPアドレスの開示請求」について説明していきます。
IPアドレスとは?
IPアドレスは、「インターネット上の住所」などと例えられる事が多く、インターネットにおいて、ネットワーク上の機器を識別するための番号と言えます。インターネット上の誹謗中傷問題においては、投稿時のタイムスタンプ(=インターネットに投稿をした時刻に関する記録)とともに書き込みを行った相手の使用したプロバイダを特定するために使われます。
しかし、IPアドレスから直接個人の名前や住所、年齢などを特定する事はできません。そのため、IPアドレスの開示はあくまでも「発信者を特定するための第一歩」の作業として行うという事も忘れてはいけません。
IPアドレス開示請求の流れ
それでは、実際に誹謗中傷の発信者を特定するための最初の一歩として、誹謗中傷の投稿をされたサイトの運営者にIPアドレスを開示してもらうまでの流れを見ていきましょう。
発信者の情報開示が可能であるかよく検討する
インターネット上に書かれてしまった悪口について、「これは誹謗中傷だ」と自分が思っていても、法律に当てはめて考えた時に「違法性はない」と判断されてしまった場合には情報は開示されません。
具体的には、誹謗中傷だと感じたコメントが以下のような例に当てはまる場合は開示可能と判断してもらえる可能性があります。
- 対象となる個人が特定されること
- 社会的評価の低下
- 違法性がないことをうかがわせる事情がないこと
この3点が、書き込みが名誉権侵害に当てはまるかどうかの判断基準と言え、明確な根拠を提示できるようにしなくてはいけません。
また、誹謗中傷の投稿されたサイトが海外のサービスであった場合は、海外法人が日本の法律である「プロバイダ責任制限法」に従う理由が特にないため、犯人の特定は難しい場合もあるという事も覚えておきましょう。(ただし、日本のユーザーが多いGoogle、X(旧:Twitter)、Facebook、Instagramは対応してもらえます)
さらに、誹謗中傷が投稿されてから時間の経ち過ぎた書き込みに関しても、サイト管理者の方で保持しているデータが既に削除されてしまっている場合がありますので注意が必要です。
IPアドレス開示の手順が複雑になっている理由
そもそも、IPアドレスやタイムスタンプを含めた一連の開示請求は、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(プロバイダ責任制限法)と呼ばれる法律に則って進められます。
通常、プロバイダ等(サイトの管理者)は、管理しているサイトに誹謗中傷が投稿され、被害者から削除の要請があった場合は、対象の書き込みを「削除」できる権限があります。
しかし、書き込んだ本人(=加害者とされている者)から見れば、自分の発言が勝手に削除されるという事は「表現の自由を侵害された」と捉えられてしまう可能性があります。サイトの管理者には、削除をしてもしなくても何らかの責任を負ってしまうリスクがあります。このリスクを回避するために生まれたのが「プロバイダ責任制限法」です。
プロバイダ責任制限法第4条では、インターネット上で自己の権利を侵害されたとする者は、「その情報(誹謗中傷など)によって権利が侵害された事が明らかである」かつ「(権利侵害された者に)情報の開示を受けるべき正当な理由がある」場合、保有している(権利侵害を行った発信者の)情報を開示することが出来ます。
もしも権利侵害が明白であった場合、サイトの管理者が「任意開示」に応じてくれるのであればここで裁判をする必要はありませんが、通信の秘密に対する侵害になり得ることや、発信者のプライバシーに関する情報であることから、(たとえIPアドレスやタイムスタンプといった本人に直接繋がる訳ではない情報であっても)任意で開示される場合は少ないというのが現状です。
そのため、現在の制度ではサイト管理者からIPアドレスやタイムスタンプを開示してもらうためには裁判上の請求手続きを行い、裁判所で出た決定に従って開示されるケースが一般的となっています。
誹謗中傷投稿を行った相手のIPアドレスの開示請求をする流れ
事前の検討によって誹謗中傷投稿が名誉権侵害にあたると判断できたら、プロバイダ責任制限法に基づいてプロバイダ等(ここではサイトの管理者を指します)に投稿者のIPアドレスとタイムスタンプの開示を請求します。
開示請求のための書式は一般社団法人テレコムサービス協会(TELESA)の発信者情報開示請求書(http://www.isplaw.jp/d_form.pdf)に書式を利用することをお勧めします。
また開示請求にあたって気を付ける事などは、プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会が策定した「プロバイダ責任制限法 発信者情報開示関係ガイドライン」(第4版)を参考にすると良いでしょう。
ただし、前項にも記載した通りサイト管理者は基本的に中立の立場を取っているため、請求した情報が任意に開示される事は基本的にありません。
そこで、今度は裁判所に対して「発信者情報開示仮処分命令申立」を行い、裁判所からサイト管理者に発信者の情報を開示するよう仮処分の命令をしてもらいます。
この仮処分の判決が下るかどうかは、投稿された情報が名誉権侵害等に当たるかどうかが重要になり、裁判所に対してもしっかり投稿の違法性を説明できなければいけません。
そのため、自分の法律知識に自信のない場合は、法律に詳しい弁護士に依頼して手続きを行ってもらう方が賢明だと言えます。
この方法でサイト運営者から誹謗中傷を行った投稿者のIPアドレスやタイムスタンプを開示してもらうまでの期間は、大体1ヶ月~2ヶ月程度と言われています。
IPアドレスの開示請求が通った後の流れについて
サイトの管理者からIPアドレスとタイムスタンプが開示されたら、その情報を元に発信者が投稿時に使ったプロバイダを特定します。特定ができたら、そのプロバイダに対して契約者の氏名や住所、メールアドレスの開示請求を行います。
ここでも、誹謗中傷を受けた被害者はプロバイダを相手に再度「発信者情報開示請求」の裁判を行う事になります。つまり、現時点で「インターネットで誹謗中傷をした相手を特定する」までには、少なくとも2回の裁判を行うのが一般的だと言えます。
近年のインターネットにおける誹謗中傷問題について
インターネット上での誹謗中傷問題は年々深刻化しています。つい先日急死されたとある女子プロレス選手もインターネット上で多くの誹謗中傷を受けていた点から、(理由は明確にされていないため想像の域を出ませんが)この事が理由のひとつになっているのではないかとされ、インターネット上での誹謗中傷に対する危機感を持つ人も増えてきました。
SNSを安全に利用できる環境整備のために有識者会議を設立
2020年4月、ByteDance株式会社、Facebook Japan株式会社、LINE株式会社、Twitter Japan株式会社を中心としたインターネット業界の有識者を集め「一般社団法人ソーシャルメディア利用環境整備機構」が設立されました。
引用:SNS 等の安⼼・安全な利⽤環境実現のため「⼀般社団法⼈ソーシャルメディア利⽤環境整備機構」を設⽴(PDF)
「一般社団法人ソーシャルメディア利用環境整備機構(SMAJ)」は、人々が安全にインターネットを利用できるような環境整備を行い、SNS等における児童被害などを含む諸々の課題への対応を強化していくという目的を持ち、2017年より活動していた「青少年ネット利用環境整備協議会(https://www.jilis.org/seishonen/index.html)」を母体として新たに発足された団体です。
参考:PR TIMES SNS等の安心・安全な利用環境実現のため「一般社団法人ソーシャルメディア利用環境整備機構」を設立
痛ましい事件をきっかけにIPアドレスの開示請求を簡略化するという動きも
現段階では「違法である」と判断できるような誹謗中傷を受けている場合でも、泣き寝入りをしたり、ストレスを感じながらも我慢してしまったりする人が大半だと言われています。
発信者の特定には大きな手間がかかってしまう現状
その理由のひとつは、書き込んだ相手の特定手順の複雑さにあるのではないかと言われています。今回詳しく説明した「IPアドレスの開示請求」は「あくまでも書き込みをした犯人特定への第一歩」であると言っていますが、つまり、匿名で書き込んだ相手を特定するには同じように面倒な手順を何度か踏まなくてはいけないという事です。
匿名で違法な誹謗中傷書き込みを行った相手を特定し、民事で損害賠償請求を行ったり刑事告訴を行ったりするまでの行程は個人でも行えますが、警察や裁判所に提出する書類作成には法律の知識が必要になるため、弁護士に代理を依頼するケースが現在は一般的であると言っても過言ではありません。
弁護士への依頼は心強い一方、金額面で躊躇し泣き寝入りする人もいる
警察へ告訴状を提出する場合で、受理して貰いやすい告訴状を作成したい場合は弁護士に依頼すれば受理されやすい告訴状の文章を作成してもらえるだけではなく、警察署への提出の際に同行してもらい、問題点があれば口頭で説明してもらえるなど心強いフォローが受けられる点もメリットであると言えます。
しかし、弁護士に諸々の作業を代行してもらうための依頼料が支払えないと考えている人も多く、「お金や手間が負担になるから、辛くても我慢せざるを得ない」という結論に至ってしまう人もいます。これが、インターネットで誹謗中傷を受けていても泣き寝入りしてしまう人が多くいるもうひとつの理由にもなっています。
芸能人の場合は誹謗中傷する人を一人特定しても、モグラ叩きのようになるだけだ、と考えて放置している方もいるかもしれませんが、近年では金銭的に余裕のある芸能人を中心に、弁護士に依頼をしてインターネット上で誹謗中傷を行った相手を特定・告訴する例がニュースでも度々取り上げられるようになりました。
プロバイダー責任制限法の見直しが検討される
2020年5月23日に起きた女子プロレス選手の急死事件を受け、高市早苗総務相は事件3日後、5月26日の記者会見にて「どのような手段であれ、匿名で他人を誹謗中傷する行為は人としてひきょうで許しがたい」と述べ、インターネット上での誹謗中傷が権利侵害であったと認められた場合の発信者特定の簡略化について、制度改正も含めて検討する意向を発表しました。
参考:毎日新聞 ネット上の誹謗中傷、発信者特定へ制度改正検討 高市総務相
また、前述の「一般社団法人ソーシャルメディア利用環境整備機構(SMAJ)」も、「ソーシャルメディア上の名誉毀損や侮辱等を意図したコンテンツの投稿行為等に対する緊急声明」を発表しました。この声明では利用者の表現の自由や通信の秘密の保護等を最大限尊重した上で、次のような取り組みを実施すると述べています。
- 禁止事項の明示と措置の徹底
- 取組の透明性向上
- 健全なソーシャルメディア利用に向けた啓発
- 啓発コンテンツの掲載
- 捜査機関への協力およびプロバイダ責任制限法への対応
- 政府・関係団体との連携
「X(旧:Twitter)」や「LINE」「Instagram」「Facebook」「ameba」「mixi」等々、幅広い年代が利用するコンテンツを提供する企業が横に連携してこれらの取り組みを行う事によって、ユーザーを被害者だけではなく加害者にもしないような対策を有効的に進めていける体制が整っていくと期待できます。
参考:一般社団法人ソーシャルメディア利用環境整備機構 ソーシャルメディア上の名誉毀損や侮辱等を意図したコンテンツの投稿行為等に対する緊急声明
総務省からもインターネットの誹謗中傷に悩む人へ呼びかけが投稿される
総務省からも、2020年5月26日に以下のようなツイートが投稿されています。
引用:総務省公式Twitter
引用:総務省公式Twitter
引用:総務省公式Twitter
総務省のX(旧:Twitter)で紹介されている「インターネット 違法・有害情報相談センター」(https://www.ihaho.jp/)は、インターネット上の違法・有害情報に対して適切な対応を促進するため、関係者等からの相談を受け付け、対応に関するアドバイスを行う機関です。
誹謗中傷にあたると思われる書き込みをされたりプライバシーの侵害を受けたりした場合だけでなく、発信者情報開示請求書などプロバイダ責任制限法に基づく書類の記入方法に関する相談も受け付けていますので、「有事の際は相談できる機関がある」という事を覚えておくと良いでしょう。
まとめ|IPアドレスの開示請求にかかる期間は1ヶ月程度!相手を特定する場合は早急な対応を
インターネットへの投稿は匿名である場合が多く、もし名誉毀損やプライバシー侵害にあたるような投稿を行われ、被害が大きく相手に対して訴訟を起こしたい場合はまず投稿者の特定を行わなければいけません。IPアドレスとタイムスタンプが分かっただけで直接投稿者にたどり着く事は出来ませんが、この行程は投稿者特定のための第一歩だと言えます。
サイトの管理者が保存しているIPアドレスやタイムスタンプの情報は、基本的に3ヶ月程度で削除されてしまう場合が多いため、投稿者の特定を行う際は投稿された日付にも注意が必要です。
IPアドレスの開示請求は被害を受けた本人であれば個人で行う事も可能ですが、IPアドレスの開示請求を含む投稿者特定までの一連の行程には2回の裁判が必要になる場合が多いというのが現状です。法律の知識に不安がある場合は弁護士に対応を依頼するのが安心です。総務省のX(旧:Twitter)で紹介されている「インターネット 違法・有害情報相談センター」など、相談できる機関を頼ってみるのも良いでしょう。
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清水 陽平