2020年5月、SNSで多くの人から誹謗中傷を受けた芸能人が亡くなったニュースがきっかけとなり、インターネット上に投稿される誹謗中傷への対策や法改正について政府をはじめ多くのインターネット関連事業者が積極的に動き出しています。
これまでもインターネットに投稿された誹謗中傷の問題は度々問題に上がっていましたが、「相手が匿名だから誰だか分からない」と泣き寝入りしてしまう人や、そもそもどういった対策を行えば良いか分からないため誰にも相談出来ずに心に受けたダメージを抱え込んでしまう人は多くいます。
一方で、「誹謗中傷を行った相手に対して法的措置を取る事を検討したい」という人も増えています。
そして、匿名で誹謗中傷を行った相手に法的責任を追求するには、まず相手を特定しなければなりません。
本記事では、インターネットを悪用して匿名での誹謗中傷を行った相手を特定するために確認しておくポイントと手順について詳しく解説していきます。
深刻化するインターネットの誹謗中傷と近年の動き
インターネット上での誹謗中傷は、一昔前からインターネット掲示板を中心に度々問題視されてきました。
現在は、インターネット掲示板やブログなどよりも、Twitter、InstagramをはじめとしたSNSや、YouTube等LIVE配信のできる動画サイトのコメント欄の方で顕著になっており、誹謗中傷となる書き込みに伴う問題も深刻化してきています。
「インターネットだから匿名」を悪用するユーザーの存在
基本的に、インターネット掲示板やブログ、SNSなどで本名を公開する一般人は(基本的に本人名義で利用する事が前提であるFacebookなどは除き)極めて稀だと言えます。
ある程度のインターネットリテラシーを身に着けた人なら、わかりやすい個人情報である本名(氏名)を公開する事は殆どありません。
そのため、「匿名だから何を言ってもバレる事はない、責任を追求される事はない」と考えている人は一定数います。
また、自分が誹謗中傷に当たるような発言をしている事を自覚した上で、「他の人も言っているから良いだろう」と考える人もいます。
SNSなどではインターネットで誹謗中傷を行うために、わざわざフリーメールアドレスを使って「捨てアカウント」(=都合が悪くなったらすぐに削除できる使い捨てのアカウント)を作成するような人がいるのも事実です。
芸能人を中心に投稿者を特定する動きも見られてくるようになった
インターネットで誹謗中傷を行った相手に対して「責任」を負わせる(損害賠償の請求を行ったり、刑事事件として立件できるようにしたりする)動きは、近年では芸能人を中心に発信される事も多くなってきました。
その他、女優の個人ブログのコメント欄に「死ね」と書き込んだ主婦が脅迫罪の容疑で書類送検されたり、俳優を誹謗中傷する虚偽の記事をブログに掲載していた男女3人が偽計業務妨害罪の容疑で書類送検されたりする事件がニュースになりました。
プロ野球選手の妻に対しインターネットの匿名掲示板に「ブス」などの言葉を使って罵る投稿を行った女性も、名誉権の侵害として多額の損害賠償を求められたとニュースになりました。
匿名で誹謗中傷を行う人に対し、被害を受けた人物が泣き寝入りをすることなく相手を特定し、誹謗中傷を投稿して相手を苦しめた責任を取らせるという動きは、同じように誹謗中傷の被害に遭っている一般人に対しても参考や希望になることでしょう。
よく聞く「プロバイダ責任制限法」って何?
誹謗中傷を含む投稿の削除申請や犯人の特定にあたって、よく耳にするのが「プロバイダ責任制限法」です。
最近のインターネットのニュース記事などでも目にしたという人も多いでしょう。
この法律の正式名称は、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」と言います。
プロバイダ責任制限法が制定された背景とその目的
プロバイダ責任制限法の第一条には、この法律を制定した趣旨について書かれています。
特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律
(趣旨)
第一条 この法律は、特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害があった場合について、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示を請求する権利につき定めるものとする。
インターネット上のサイトに誹謗中傷が投稿されたなど何らかのトラブルが起きたとき、Webコンテンツの管理者(=プロバイダ責任制限法における「プロバイダ」にあたる人)は、管理しているサイトに書き込まれた投稿が「これは誹謗中傷だ」と判断した場合、その投稿を削除できる権限を持っています。
ところが、書き込みを行った人から見れば「自分の発言を削除される」という行為は「表現の自由」や「言論の自由」を侵害されたとも捉えられかねません。
かといって、「誹謗中傷だ」と考えられる投稿を(被害を受けている、誹謗中傷の対象になっている人物から指摘されたにもかかわらず)放置しているという行為も、Webコンテンツの管理責任問題になる訳で、こういった場合「プロバイダ」は投稿を削除してもしなくても何らかの責任を追求されるケースに陥ってしまうことが考えられます。
こういった「プロバイダ」の板挟みの賠償責任を回避するために生まれたのが「プロバイダ責任制限法」となります。
さらに、プロバイダ責任制限法を適切に運用し、インターネット上の権利侵害に対して迅速に対処を行えるよう2002年2月にプロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会が設置され、有識者の検討のもと、この法律を運用するための指針として「プロバイダ責任制限法 名誉毀損・プライバシー関係ガイドライン(PDF)」が公開されました。
このガイドラインは、2020年の9月にも一部改定が加えられており、時代の流れに沿うように都度検討が重ねられていると言えます。
参考:一般社団法人テレコムサービス協会「プロバイダ責任制限法 発信者情報開示関係ガイドライン」の一部改訂について(2020.09.10)
誹謗中傷を行った犯人を特定したい!特定作業の前に確認すべきポイント
インターネット上に匿名で誹謗中傷を投稿した犯人を特定したい場合、以下のポイントに当てはまっていないかどうか注意しましょう。
【匿名で投稿した犯人の特定が難しいと判断されてしまうポイント】
- 投稿によって被害者の社会的地位が低下しているという証明が出来ない場合
- 投稿の内容が真実であり、公共の利益のために発言されていた場合
- 投稿されてから時間が立ち過ぎている場合
- 誹謗中傷を投稿されたサービスが海外のサービスであった場合
これらに当てはまる場合は、投稿が「違法ではない」と判断されてしまったり、Webサービスを提供しているプロバイダが既に相手の情報を削除してしまっている可能性があったりするため、特定の作業を行ったとしても失敗してしまうリスクが高いと判断できます。
違法性が認められない投稿であれば「表現の自由」の範囲内という事になるため個人のプライバシーが優先されますし、ログとして保存していた情報を削除してしまっていたら、開示のしようがありません。
特定が困難と判断されるポイントのひとつに「海外のサービスであった場合」と記載したのは、海外の企業が提供しているWebコンテンツの管理者は日本の法律である「プロバイダ責任制限法」に従う必要がないためです。
ただし、Twitterを提供しているTwitter社やInstagramを提供しているFacebook社などは、日本のユーザーが多いコンテンツであるため、特定に関連する諸々の手続きを行えば対応をしてもらえます。
まずは、これらのポイントに当てはまっていない事を確認してから、特定の手順に進むことをオススメします。
インターネットに投稿された誹謗中傷を削除したい場合
インターネットに投稿された誹謗中傷投稿を削除したい場合、その投稿が法律に違反している事を証明できれば、削除する事が出来ます。
もしも、被害を受けた側が「削除さえできればそれで事を収める」と考えている場合は、相手の特定作業までは行わず、当該サイトへの削除申請のみで終わる場合もあります。
削除申請の方法は、それぞれのサイトに記載されていた場合は、そのサイトのルールに則って行うというのが一般的です。
削除申請のガイドラインや、削除申請専用のフォームがあった場合は、まずそのページとサイトの利用規約をよく確認しましょう。
そういった削除に関する記載がなかった場合や、サイトが用意している違反報告等の通報ボタンの利用では削除をしてもらえなかった場合は、プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会が策定した「プロバイダ責任制限法 名誉毀損・プライバシー関係ガイドライン」の中に掲載されている「侵害情報の通知書 兼 送信防止措置依頼書」の書式を利用します。
引用:プロバイダ責任制限法関連情報Webサイト 侵害情報の通知書兼送信防止措置依頼書 記入参考例
この書類を受け取ったWebコンテンツの管理者(=プロバイダ責任制限法における「プロバイダ」にあたる人)は、誹謗中傷とされる投稿を行った人物に対して「(書類の内容を開示した上で)削除依頼が来ているが、削除してもよいか」という問い合わせを行います。
この問い合わせに発信者が同意するか、または7日間返答がない場合、「プロバイダ責任制限法」に則りWebコンテンツの管理者は削除申請の投稿を削除する事が可能となります。
この送信防止措置の依頼は、被害を受けている(誹謗中傷を受けた)本人、または被害者から代理を依頼された弁護士のみ可能となります。
被害者本人であれば申請可能ですが、法律の知識を踏まえて記載がされていた方が削除される可能性は高まるといえます。そのため、削除を円滑に進めるために弁護士に代理を依頼したり、アドバイスを受けたりする事をオススメします。
誹謗中傷を行った相手に対して法的な責任を負わせたい場合
インターネット上に誹謗中傷を投稿した相手に対し、損害賠償を請求したり、刑事事件として刑罰を与えたりしたい場合は、誹謗中傷を行った相手が誰であるか特定しなければなりません。
基本的にSNSやブログ、ネット掲示板、口コミサイト等への投稿は匿名で行えます。
公務員や企業の社長などといった有名人・著名人ではない限り、本名を公開して利用している人は少ないと言えます。
そのため、相手を特定するために「発信者情報開示請求」の手順を踏み、裁判を行います。
発信者情報開示請求の流れについて
それでは、「発信者情報開示請求」の流れを詳しく見ていきましょう。
匿名でインターネットに誹謗中傷を投稿した犯人だとしても、それぞれのWebコンテンツの管理者には「投稿者の個人情報を保護する」という義務があるため、単に(被害者本人であっても)個人がメールなどで情報開示をお願いしたとしても、情報を開示する事は基本的にありません。
誹謗中傷を行った発信者の情報開示には、現在の日本の制度では最低2回の裁判が必要となります。
以下では、実際に匿名で誹謗中傷を投稿した相手を特定するまでの流れを説明していきます。
発信者のIPアドレスとタイムスタンプ開示まで
インターネット上に誹謗中傷を投稿した相手を特定する手順として、最初に行うことは「投稿者のIPアドレスとタイムスタンプを開示させる」ことです。
アメーバブログで中傷された場合はサイバーエージェント社、Yahoo!掲示板で中傷された場合はヤフー社など、それぞれのWebサービスを提供している会社に対して開示請求を行います。
開示請求のための書式は、同じくプロバイダ責任制限法関連情報Webサイトで公開されている「発信者情報開示請求書」を利用することができます。
引用:プロバイダ責任制限法関連情報Webサイト 発信者情報開示請求書 書式
ただ、投稿自体の削除には応じてもらえた場合でも、Webサービスの管理者が任意に投稿者のIPアドレスやタイムスタンプを開示するという事は基本的にあまりありません。
被害を受けた立場の人から見れば「違法行為を行った人物なのになぜ?」と感じるかもしれませんが、Webコンテンツの管理者からすれば、その投稿内容が本当に違法かどうかの判断が難しく、間違えて開示してしまうと管理者が守るべき「通信の秘密に対する侵害」や「発信者のプライバシーの侵害」になり得るためです。
上記を踏まえ、現在の日本の制度ではWebコンテンツの管理者から誹謗中傷を行った発信者のIPアドレスやタイムスタンプを開示してもらうためには、Webコンテンツの管理者への仮処分という裁判手続を行うことが一般的です。
これは、裁判所から「Webコンテンツの管理者に発信者の情報を開示するように命じる」と決定してもらうための手続きです。
これが、誹謗中傷を行った相手を特定するための1回目の裁判となります。
裁判の結果、無事に裁判所から命令が下れば、Webコンテンツの管理者より相手の「IPアドレス」と「タイムスタンプ」が開示されます。
IPアドレスとタイムスタンプの記録を削除されてしまわないための対策
Webコンテンツの管理者を相手に「発信者情報開示の仮処分」の手続きを行う際には、誹謗中傷が投稿された日時にも気を付けておく点を忘れないようにしましょう。
その理由は、誹謗中傷の投稿から時間が立ち過ぎている場合、プロバイダが発信者のログを削除してしまっている可能性があるためです。
通常、Webコンテンツの管理者が発信者のログを残している期間は3ヶ月~6ヶ月程度と言われています。
これは、現状のアクセスログの保存の目的は、「課金目的や苦情対応、不正利用の防止など、各プロバイダが業務を遂行する範囲内で保存するものである」とされているためで、本来は(インターネット上で誹謗中傷を受けた)被害者の権利を保護する目的で保存されている訳ではないためです。
開示を認める決定が発令されるまでにも審理等で一定の時間がかかることも考慮すれば、投稿から1~2ヶ月以内に投稿されたものでないと、事実上、開示請求は難しいと考えておいた方が良いでしょう。
参考:総務省公式ホームページ 電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン 本文(平成29年9月14日版)(PDF)
参考:総務省公式ホームページ 電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン 解説(平成29年9月14日(平成31年1月更新)版)(PDF)
IPアドレスの開示後から発信者の特定まで
IPアドレスの開示に成功したら、続けてそれを元に発信者が利用したプロバイダを特定します。
ここで言う「プロバイダ」とは、インターネットへの接続サービスを提供している企業のことで、例えばよくサービスの名前が知られている「フレッツ」や「ワイモバイル」「ドコモ光」などが当てはまります。
契約者にIPアドレスを振り分けているのはこのサービスプロバイダ企業であるため、IPアドレスを元に契約者の「氏名」「住所」「電話番号」「メールアドレス」を開示してもらえれば、プロバイダの契約者を特定する事ができます。
しかし、前項でIPアドレスの開示請求をした時を同じように、サービスプロバイダ側は契約者の個人情報を守る義務があるため、先ほどと同じように開示請求の書類を送ったとしても任意に開示してくれる事はほぼありません。
そこで、今度はこのサービスプロバイダに対して発信者情報開示請求の訴訟を起こします。
これが、「最低2回の裁判」のうちの2回目の裁判となります。
この裁判に勝訴すれば、サービスプロバイダから契約者の「氏名」「住所」「電話番号」「メールアドレス」が開示されます。
開示された情報を元に、さらに誹謗中傷を投稿したのが契約者本人なのか、契約者と繋がりのある人物(家族など)なのかを特定していきます。
特定が完了した後の流れ
以上のような手順を踏み、インターネット上に匿名で誹謗中傷を投稿した相手の特定が完了するまでの期間は、大体半年から1年程度かかると言われています。
その後、特定した相手に対して法的な責任を追求します。
誹謗中傷の程度によっては、民事責任(損害賠償)、刑事責任(名誉毀損罪や侮辱罪など)またはそのどちらもの責任を追求できます。
相手に対して刑事責任を追求する場合は、警察に被害届や告訴状を提出する必要があります。
刑事事件化は民事によりもハードルが高いことが多いため、知識に自信がない場合は弁護士に依頼して受理して貰いやすい書類のアドバイスをもらうのもよいでしょう。
弁護士なら警察に受理してもらいやすい告訴状の書き方を熟知しているため、代理として全てお任せしてしまうというのも賢い方法です。
情報開示請求の簡略化が検討されている
冒頭でも触れたように、インターネット上に投稿された誹謗中傷がきっかけとなる事件が深刻化し続けている事を重く受け止め、政府をはじめ多くのインターネット関連事業者が法改正検討などの動きを見せています。
そのうちのひとつとして、「投稿者特定手続きの簡略化」が検討されています。
ざっくりと説明すると、本記事で説明した複雑な投稿者特定の行程を1回の裁判にまとめられるよう見直しが進められています。
参考:日本経済新聞「投稿者特定、手続き簡素に ネット中傷対策で総務省案」
参考:時事ドットコム ネット中傷対策で新制度 投稿者情報、開示簡素化―総務省
誹謗中傷が違法と判断されなかった場合の対処法
ネット上に投稿された誹謗中傷でも、その内容が違法だと認められなかった場合は相手の特定は不可能であり、さらに書き込みを削除する事も難しいでしょう。
その場合は、書き込まれてしまった投稿に対して、削除以外の方法で対処しなければなりません。
そういった場合は、誹謗中傷対策を行っている業者に相談してみる事をおすすめします。
削除以外で、どういった対策を行えば誹謗中傷の被害を軽減できるか、予算や状況を踏まえたコンサルティングを行ってもらえます。
また、今後そういった誹謗中傷に早急に気付き迅速な対応が出来るよう、インターネットの有人監視サービスや監視ツールを取り入れてみるのも良いでしょう。
まとめ|誹謗中傷をした相手を特定したい場合は即行動と専門家のアドバイスが鍵!
インターネット上に匿名で誹謗中傷を行った相手を特定する手順やポイントを説明しました。
誹謗中傷の内容が法律に違反していたり、相手の名誉権を侵害したりしている場合、相手を特定する事は不可能ではありません。
「相手が匿名だから誰だか分からない」「全く対策もできない、泣き寝入りするしかない」という訳ではないという事を、まずは覚えておいていただきたいと思います。
匿名で誹謗中傷を投稿した相手を特定するには多くの労力や時間、知識を必要とするのが現状と言えます。特定までに最低2回の裁判を行うほか、民事・刑事で責任を追求する場合はそのための書類の作成なども行わなければなりませんし、それに伴う法律の正しい知識も必要となります。
そのため、基本的には法律に詳しい弁護士のアドバイスがあると安心です。
実際に特定を行う場合は、誹謗中傷の投稿について本記事で紹介しているポイントをよくチェックし、特定作業が無駄にならないか確認してから行うようにしましょう。
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清水 陽平